カフェ バグダッドへようこそ。
普段は仮想空間のアラブ式カフェ。たまに「一日カフェ」を開きます。当店への感想、ご意見などもこちらのコメント欄にどうぞ。(写真は、イラク・バグダッド市内にあるウンム・クルスーム・カフェの店内)

中東イベント情報ブログ開設
日本で行われる中東に関係したイベントの予定を紹介します。硬軟とりまぜて、幅広く。

中東イベント情報

下北沢アラブ街マップ
こちらから

下北沢アラブ街が、知らないうちに「日テレNEWS24」で紹介されていた。
これ
アラブ街とアラブ人街を完全に混同しているなあ。アラブ街マップの出典ぐらい
明らかにしてほしかったなあ。


カフェバグダッド・リブロ
カフェバグダッド主人が、ジャンルを超えて書きまくる、もうひとつのブログ
カフェバグダッド・リブロ



カフェバグダッド・イベントの開催記録と予定
【トークショー】
2004年07月28日「シーシャとエジポップの夕べ」(ゲスト アラブ史研究者、中町信孝氏
2004年10月09日「映像で見るイラク人の日常」(ゲスト 写真家、村田信一氏
2004年12月12日「アラブは笑う」(ゲスト 中日新聞前カイロ支局長、島田佳幸氏)
2005年02月27日「イラン映画と詩の蜜月」(ゲスト イラン文学研究者、鈴木珠里氏)イベントの様子
2005年06月12日「師岡カリーマのアラブ音楽入門」(NHKテレビ「アラビア語会話」講師 師岡カリーマ氏)
2005年08月28日「まるごと、アラブ映画」 (アラブ映画研究者、佐野光子氏) イベントの様子
2005年12月18日「アラブ人と仲良くする法」(ジャーナリスト、金子貴一氏イベントの様子
2006年3月25日「アラブ人によるアラブ論」(大東文化大講師、アルモーメン・アブドーラ氏)イベントの様子
2008年4月6日「アラブの音を聴け」(ウード演奏家・常味裕司氏、師岡カリーマ氏)
2008年12月21日「イラン現代詩の深淵へ?セタールの響きとともに」
(イラン音楽演奏家・北川修一氏、イラン文学研究者・鈴木珠里、小野寺菜穂両氏)

1日カフェ
2006年2月5日「カフェバグダッド・イン・シブヤ第1弾」(於コラボカフェカフェの模様
2006年7月9日「カフェバグダッド・イン・シブヤ第2弾」(於コラボカフェ
2006年11月12日「カフェバグダッド・イン・シブヤ第3弾」(於コラボカフェ

特別企画
2004年11月03日「パレスチナ人記者に何でもクエスチョン
(軍事週刊誌「ジェーンズ ディフェンス ウィークリー」ヨルダン川西岸特派員、ムハンマド・ナジーブ氏)

イベント出店
2005年05月14、15日「あーすフェスタかながわ」(神奈川県国際交流協会主催)関連記事
2005年10月29、30日「横浜国際フェスタ」(横浜市国際交流協会など主催)
2006年6月3、4日「あーすフェスタかながわ」(神奈川県国際交流協会主催)

リンク集その1その2地図

「カフェバグダッド」とは
「カフェバグダッド」は、中東、特にアラブ世界の奥深い文化を日本に紹介する目的で、2004年5月に設立された任意の民間活動団体です。人々が集い、語らうカフェは、世界のどこの国でも、人々の文化活動の拠点です。アラブで、マクハーあるいはカフワと呼ばれるカフェも例外ではありません。「カフェバグダッド」という名の仮想のアラブ式カフェを出現させ、そこで行うアラブの音楽、文学、映画などの文化芸術についての語らいなどを通じ、表層的ではなく地に足のついたアラブ理解を積み上げていきたいと考えています。そのことが、「テロ」「イスラム過激派」「民族・宗派間紛争」といった言葉で紋切り型に語られがちなアラブ世界の実像を正しく理解し、ひいてはアラブ世界とよりよい関係を築くことにつながっていくと考えるからです。
このプロジェクトの着想を得たのは、イラク戦争直後のイラク首都バグダッドのカフェでのこと。「カフェバグダッド」という名には、イラクの気高きカフェ文化への敬意がこめられています。


イラン中部イスファハンのイマーム広場。イスファハンは、16世紀末、サファビー朝ペルシャの都となり「世界の半分」といわれるほど繁栄した。アザーン(イスラム教の礼拝)がこだまする夕暮れの広場は圧巻だ。イマーム広場CIMG1700.JPGのサムネール画像

浅草は、東京の中でもかなり好きな街。特に、「ホッピー通り」とも呼ばれる庶民的な居酒屋が並ぶ浅草寺西側の「伝法院通り」は、日本でも有数の雰囲気の良い飲み屋街である。

その浅草に、「梵字バー」なる水タバコバーが開店したようだ。「伝法院通り」より北側の一角。外国人が押し寄せるゾーンからは少し離れているが、仏教コンセプトというユニークさもあり、日本に帰ったら、ちょっとのぞいてみたい店だ。

http://www.bonjibar.com/map.html

中東が舞台の小説

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イラク戦争によるサダム・フセイン政権の崩壊をはさんだ2002年から2004年にかけて、仕事でバグダッドに行きときの定番ルートが、ヨルダンのアンマンからイラクのバグダッドまで、陸路で12時間かけて踏破するというものだった。

両国国境地帯は、延々と続く砂漠地帯。日中の酷暑から一転する夜の冷え込みはハンパでなく、砂漠の生活の厳しさを実感したものだった。

きのう読了した、松本清張の小説「砂漠の塩」の主舞台は、このルート上にあるイラク西部ルトバという町。ルトバという地名を目にして、せっせとイラクに通ったあの頃を思い出した。

ダブル不倫の2人が中東をさまようという設定の「砂漠の塩」には、もう一つ、ベイルート・ダマスカス街道も登場する。かつて日本赤軍の拠点があったベカー高原を横切る行程3時間のこの道も、一度通った人には忘れられない印象を残す。

このところ、中東を舞台とした小説をいくつか読んだ。

山崎豊子「不毛地帯」=主人公は、旧日本軍参謀、瀬島龍三がモデルとされる。後半の主舞台がパーレビ王政時代のイラン

松本清張「砂漠の塩」=カイロ、レバノン、シリア、ヨルダン、イラク

松本清張「火の路」=イラン・テヘラン、イスファハン、ヤズド、ペルセポリス

といったところ

このほか、これまでに

黒木亮「エネルギー」=イランのアザデガン油田開発にまつわる企業小説

吉本ばなな「SLY」=エジプト・ルクソール、アスワンなどが舞台

なども。探せば、意外とあるもんだ。

渡辺謙主演で、日本で映画公開中という山崎豊子「沈まぬ太陽」でも、主人公・恩地さんは、テヘランにも「飛ばされる」よなあ。

(写真は、松本清張「火の路」に登場するイラン南部シーラーズ郊外「パサルガダエ」遺跡にあるアケメネス朝ペルシャの王、キュロス2世の墓)

 

キュロス2世墓CIMG0799.JPG 

イランの温泉

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日本と同様、火山国、地震国のイランには、各地に温泉もある。

アゼルバイジャンに接するアルデビール州の「サル・エイン」や、ラムサール条約の名前に使われたラムサール湿地帯に近いギラン州の「ラムサール温泉」が有名だが、今回行ったのは、テヘラン西方ガズヴィーン州のアーベ・ギャルム(アーブ=水、ギャルム=熱い、とまさにそのまんまの地名)なる町の「アルシヤー」という温泉浴場。

男湯、女湯に分かれていて、日本の銭湯といった趣き。男湯のほうは、6メートル四方ほどの浴槽が2つあり、その上にある湯だまりからお湯がこんこんと注がれている。日本の田舎のひなびた公共浴場といった感じだ。

少し驚いたのが、イラン人の入浴スタイル。浴槽にじっとつかることはなく、さほど広くない浴槽をバタ足で泳いだり、はては、頭から飛び込んだり。そのたびにお湯が跳ね上がり、迷惑なことこのうえないのだが、まあ、文化の違いということか。

静寂さは求むべくもなかったが、ほのかな硫黄臭のするエメラルド色がかった乳白色のお湯はわるくなかった。テヘランから車で3時間半という距離がもう少し近ければ、毎週でも通っていいと思った。

湯上がりに、ビールは望むべくもなく、近くのカフヴェ・ハーネで、イランのヨーグルトドリンクの「ドゥーグ」を飲む。発酵による炭酸がきいており、のどにここちよい。

(写真は、アルシヤー温泉の女湯入り口)

 

 アーベ・ギャルム入り口CIMG1009.JPG

 

 

中東に禁煙ブーム

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中東で、「屋内の公共スペースを禁煙にする動きが広がっている」と、読売新聞の田尾茂樹記者から、トルコ・イスタンブールから報じている。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20091103-OYT1T00739.htm

テヘラン中心部のタレガニ通りに残る、旧米国大使館。その敷地内に立つのが、この「不自由の女神」(仮称)。ここは、イラン革命直後、イランの大学生グループによって米外交官らが444日間にわたって拘束された「在テヘラン米国大使館占拠事件」の舞台。

「不自由の女神」(仮称)は、この事件を顕彰するため作られたものとみられる。腹の部分が牢獄の鉄柵のようになっているのは、「米国の不自由さ」を主張するためのデザインか。 大使館内の自由の女神CIMG0985.JPG

少し旧聞だが、シリアが公共の場での全面禁煙に踏み切ることになった。シリア国営通信が、10月11日、バッシャール・アサド大統領が署名した大統領令の内容を報じた。日本メディアでは、毎日新聞の和田浩明記者が10月14日付朝刊で、シリア中部ハマ発で報じている。

カフェ、レストランをはじめ、公共交通機関、学校なども対象になるとのことだが、なんと、水タバコもその対象になるという。アラブ世界の大都市の中でも有数の歴史と風格を誇る、ダマスカスのカフェから、水タバコが消える、ということなのか?

違反者には、2000シリア・ポンド(約4000円)の罰金が科せられるという。

 

テヘラン中心部のフランス大使館のとなりに「アルメニアン・クラブ」なるレストランがある。イランの少数派アルメニア人(キリスト教徒)専用で、持ち込めば、酒を飲むことが出来る。飲酒が禁止されるイスラム教徒は出入り禁止だが、非イスラム教徒の外国人も利用できる。かつてはアルメニア人と同伴が条件だったらしいが、最近は、非イスラム教徒の外国人に門戸を開放している。

ドバイからやってきた知人M氏をお連れした。M氏は十数年前にテヘランに暮らしていたことがあり、その時、何度かこのレストランを訪れ、「アルメニアン・コニャック」を飲んだことがあるという。

供される食事は、アルメニアン料理・・なのだろうか。前菜に牛タン冷製、ウズンブルン(チョウザメの身)、ポテトサラダ(イランのオリビエサラダか)などあり、メインには、シュニッツェルやビーフ・ストロガノフなどがあり、どれもなかなかの味。

店内は木目調のシックな内装で、キーボードによる生演奏が流れる。ドレスアップしたアルメニア人たちが、談笑に花を咲かせる。女性たちは、スカーフを取り、胸元が大きく開いた洋服を着た若い女性の姿も。ここがイランであることを一瞬、忘れてしまうような光景。

以前、某雑誌の「イスラム飲酒紀行」連載の取材のためにイランに来た早大探検部出身の冒険作家(本人は「エンタメノンフ」と自称)T氏をここに案内したこともあったが、「半アル中」だという同氏も、ご満悦だった。

飲んだのは、缶のハイネケンと秘蔵の芋焼酎。たいした量ではなかったが、華やかな雰囲気にも飲まれ、翌日は二日酔い。

 

 

ランビックカフェCIMG0922.JPG

遅い夏休みで、ドイツ(フランクフルト、デュッセルドルフ)、ベルギー(ブリュッセル)、チェコ(プラハ)へ行ってきた。それにしても、中東からの移民の多さに今更ながら驚く。ドイツのタクシー運転手は、トルコ人が多い。一見してわかる。フランクフルト空港から乗った運転手に、トルコ語で声をかけるが無視される。私のトルコ語がひどかったのか、と思ったが、トルコ人だと明かしたくないのかと感じた。

フランクフルト中央駅近くには、リトル・イスタンブールといったトルコ人街。「ワタン」とか「アンタルヤ」とか、そんな名前の店が多い。思わず、トルコ食堂に入りたくなるが、この旅行の目的ではないので、やめる。

デュッセルドルフからフランクフルトの車窓からは、線路沿いに並ぶ家々の屋根にイラン国旗が立てられているのが見える。「革命体制派」の移民か・・・。

ブリュッセルでは、イラン人のタクシー運転手に当たる。携帯電話でペルシャ語をしゃべっていたので、すぐ分かった。在住30数年とかで、革命前から来ているという。こちらは、筆者がイランから来たというとえらい喜んで、イラン国内の事情を聞きたがる。ベルギーのイラン人は、「みなムサビ氏(先般のイラン大統領選改革派候補)支持」と言っていた。

そういえば、先日行ったスイス・ジュネーブでは、アフガニスタン人のタクシー運転手に当たった。なんとか党のシンパで、事実上の国外亡命なので、アフガンには帰れない、と言っていた。タジク人だといい、ペルシャ語というかダリー語をしゃべるが、テヘランで聞くペルシャ語とはえらい違っていて、聞き取るのに難渋する。

3か国、それぞれビールが旨かった。アラブ人街でもあるブリュッセル南駅近くでは、ランビックビールの名門カンティヨン醸造所を見学し、その近くのベルギービールカフェ「MOEDER LAMBIC」(写真)へ。ここはかなり理想に近いカフェだった。ブリュッセルでいえば、超有名店の「ラ・ベカス」「モルト・シュビット」なんかより、ずっといい店。

 

 

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